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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)3949号 判決

原告

内藤和雄

右訴訟代理人弁護士

西中務

被告

社会福祉法人昭和学園

右代表者理事

小山雅央

右訴訟代理人弁護士

山崎吉恭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、二三一万円及びこれに対する平成元年五月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙約束手形目録表示(1)ないし(3)のとおりの記載がある約束手形三通(以下「本件各手形」という。)を所持している。

2  被告は、もと社会福祉法人みのり保育所と称していたが、昭和六二年一月八日に現在の社会福祉法人昭和学園と名称を変更したものであるが、本件各手形を振り出した。

3  仮に、被告のもと理事長であった鷲尾禮子(以下「鷲尾」という。)がその辞任登記後にその理事長名義で本件各手形を振り出したものであるとしても、被告は、次のような理由により、鷲尾のした右各手形の振出につき民法一一二条の類推適用によってその責を免れない。

(一) 社会福祉事業法二七条一項は社会福祉法人における登記事項を定め、同条二項は右登記事項は登記の後でなければ第三者に対抗しえない旨を規定しているが、右規定自体から直ちに社会福祉法人の理事につき辞任の登記がなされれば、いかなる場合においても民法一一二条の表見代理の類推適用が排除されるものと解さなければならないいわれがなく、理事辞任の登記がなされた場合であっても右法条による表見代理は類推適用されうるものと解すべきである。なんとなれば、社会福祉法人は公益法人であって、その取引活動については一般私法である民法によって規律され、表見代理の制度は取引の安全を目的とするものであるから、理事の辞任登記がなされたことの一事をもって民法一一二条による表見代理を排除すべき必然性があるものということはできないからである。

(二) 被告の主張によると、鷲尾は本件各手形振出前の昭和六〇年四月七日に被告の理事長を辞任していたとのことであるが、本件各手形の受取人である東條敏夫、日本装美株式会社は、いずれも鷲尾が被告の理事長を辞任したことを知らず、しかも被告において鷲尾が理事長辞任後も従来どおりに手形を振り出すのを黙認しており、被告理事長鷲尾名義で振り出された満期同年一一月一〇日及び昭和六一年二月二〇日の各約束手形が期日に決済されていたので、右受取人らが本件各手形の振出についても鷲尾に被告を代表する権限があるものと信じたことに過失はなかった。

4  そこで、原告は、被告に対し、本件各手形金合計二三一万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成元年五月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は不知。

2  請求原因2の事実のうち、被告が本件各手形を振り出したことを否認し、その余は認める。

鷲尾は、昭和六〇年四月七日に被告の理事長を退任していたにもかかわらず、その退任後に無効となっているゴム印等を冒用して勝手に本件各手形を被告名義で振り出したものであって、本件各手形の振出は偽造されたものである。

3  請求原因3は争う。

社会福祉法人の代表者の退任及び代表権の喪失は、社会福祉事業法二七条一項及び組合等登記令二条により登記事項とされており、社会福祉事業法二七条二項は、「登記をしなければならない事項は、登記の後でなければ、これをもって第三者に対抗することができない。」と規定していて、社会福祉法人の代表権は登記簿上に代表者と記載されている者だけが有するのであって、登記簿上代表者を辞任した者は何らの代表権を有するものではない。

本件においては、鷲尾が被告の代表者を辞任した旨の登記がなされた日である昭和六〇年四月一七日以後に、本件各手形が鷲尾によって振り出されたものであって、代表権のない者による手形の振出である。

したがって、鷲尾による本件各手形の振出については、民法一一二条の表見代理の類推適用はない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一原告が証拠として本件各手形である甲第三ないし第五号証の各一、二を提出していることに弁論の全趣旨を総合すると、原告がその主張のような記載がある本件各手形を所持していることが認められる。

二そこで、被告が本件各手形を振り出したか否かにつき判断する。

被告がもと社会福祉法人みのり保育所と称していたが、昭和六二年一月八日に現在の社会福祉法人昭和学園と名称を変更したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、(一) 鷲尾は、被告の理事でその代表者であったが、昭和六〇年四月七日に被告の理事を辞任して同月一七日にその旨の登記がなされるとともにその代表権も喪失したこと、(二)小山雅央は、同年四月七日に被告の理事に就任して同月一七日にその旨の登記がなされて以来現在まで被告の理事でその代表者であること、(三) 被告は、鷲尾の理事辞任以降は同人が理事在任中に使用していた被告の記名ゴム印及び理事長印を使用せずに、新たに大阪法務局枚方出張所等に被告の理事長印等を届け出ていたこと、(四) 鷲尾は、被告の理事辞任登記がなされてその代表権を喪失した後の昭和六一年一月二〇日ころから同年二月二〇日ころまでの間に、既に使用されなくなっていた自己在任中のみ使用されていた被告の記名ゴム印及び理事長印等を冒用して勝手に本件各手形を被告理事長名義で振り出したこと、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によると、本件各手形は、被告が振り出したものではなく、被告を代表する権限のない鷲尾によって勝手に振り出されたものである。

三原告は、被告が本件各手形の振出につき民法一一二条の類推適用による表見代理の責任を負うべきである旨主張するので、判断する。

社会福祉法人の代表者の退任及び代表権の喪失は、社会福祉事業法二七条一項及び組合等登記令二条により登記事項とされており、社会福祉事業法二七条二項において、社会福祉法人は、右登記事項については、登記の後でなければ、これをもって第三者に対抗することができないとするとともに、反面、登記をしたときは第三者にもこれを対抗することができる旨を定めていて、社会福祉法人の理事の辞任及び代表権喪失は、その登記後は善意の第三者にも対抗することができるのであって、別に民法一一二条の表見代理を適用ないし類推適用する余地はないものと解するのが、相当である。

これを本件についてみるに、前記二で認定した事実によると、本件各手形は、被告の理事であった鷲尾が理事を辞任して代表権を喪失し、その登記がなされた後に、鷲尾により被告の代表者名義をもって振り出されたものであるから、その受取人である東條敏夫、日本装美株式会社の善意無過失を理由に民法一一二条を適用ないし類推適用して被告の表見代理責任を追及することは許されないものといわなければならない。

したがって、原告の右表見代理の主張は採用することができない。

四以上のとおりであって、原告の被告に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官辻忠雄)

別紙〈省略〉

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